心の理屈 第参夜

優しい心と強い心

心が強いということと、優しいということの違い。

優しさについて

 心が優しいね。そう言われるとき、ほとんどの場合は何かを「許す」ことではじまる。「許容」されたと感じたとき、許してくれた相手を「優しい」と感じるのが心のようです。

 逆に、じゃあ優しい心ってなんでしょう。許す側にまわったときに自身に思うのは、自分自身の甘えであったり、優柔不断さであったり、あるいは割り切りのようなものが多くて、優しさについてはなかなかこうであればというような「容(かたち)」が見えてきません。

 優しい心とはなにかを探して、人生を振り返ってみると、かつての友人を思い出します。彼女の優しさはどこから生じたのかに思いを馳せてみると、当時の私自身の境遇が思い返されます。うつ病を患い、夢や希望といったものを失い、なにもかもに諦めを覚えていた頃を。そんな様を見るに見かねてというきっかけがあり、生来の優しさに火がついたのかもしれません。

 そうして今、私は優しい家族に囲まれています。どうしようもないことにつまづき、たくさんの人の優しさに助けられて、右往左往してきた私を、家族は優しく受け入れてくれています。ここにいていいんだと思える人間関係を手に入れられて、優しさについて学ぶ機会を得られたのかもしれません。

優しい心

優しさと優柔不断と甘え

 優しさはときに甘えにも見られ、あいつ甘いなと言われる人が他方では優しい人だと呼ばれることも多いと思います。

 男女間のことで優柔不断さを発揮する男も、ときおり(すべてを知らない女性から)優しいと言われているのを目にしたこともあります。

 受け入れられた側からしてみれば、甘い相手も、優柔不断な相手も、ともに優しい。だとすれば本当の優しさとは何を指して言うのでしょうか。

 ものの本には、自己犠牲をかまわず相手のことを考えて、話し行動する人を優しい人、と描くものが多いようです。なので物語では優しい人はたいていの場合、非常に困難なできごとに追い込まれていきます。現実でそんな人に出逢えた人はどれくらいいるのでしょうか。私は何度かそうした人達に逢えましたが、そのたびにグッと感動したのを覚えています。

 優しいと感じるようなことに出会うと、それが実は甘えだったり優柔不断だったりしても、心は感動するようです。後になってそれがわかったとしても、その時の感動に間違いはありません。

強い心

 優しさと並んで、強い心というものについて少し考えてみました。強い心ってどんなものだろう、と。例えばスポーツをしている人で、心底それだけに打ち込んで他の遊びや娯楽を一切寄せ付けない人がいます。そういう人は、はたから見て「強い」なと思います。あるいは人生の目標をもってそれを追いかけることに一生懸命な人がいます。そういう人も「強い」なと感じます。

 ときどき、特に年配の方に、見栄や体裁のために頑固さを押し通そうとする方がいます。最近は年配に限らずですが、少しばかり地位や肩書を持たれた方によく見受けられます。あれは「強い」と感じるより、「頑固」「頑迷」を感じすにはいられません。

 先に書いた「優しい」感じのする人々は、自分の見栄や体裁を保つために見せかけだけの「強さ」を誇示することはありません。むしろそういうときほど「弱さ」を出し、見栄や体裁を保つことよりも先に自分以外の他者のことを考える傾向が強いように感じます。だから苦労も人一倍多くなるのでしょうけれど…。

 幼いままに強い心。頑固や頑迷な人を見るとそんな感じがして困ります。立派な様子で立派なことを言っているスーツ姿の方を見ながら、なんだかそこに五歳ぐらいの子供が重なって見えるんです。これはたまりません。

強さと頑固さと厳しさ

 強くなればなるほど、厳しくもなり、そして頑固にもなっていくようです。…誰かを思い浮かべての話ではなく、自分自身のことなのですが。

 数年前に娘ができました。私にしたら初めての子供です。中学生になる直前で養子になりました。優しくしようと思いつつも当初、妻との間でこんな約束をしました。「厳しいことは父である私から言う。その後で泣いたり落ち込んだら母である妻が優しくする。」

 当初から頑迷さを誇っていた私ですが、この時もそうだったように思います。そのせいでか、つい最近になって「娘が父に嫌われているんじゃないか疑惑」が発覚しました。厳しすぎるあまり嫌われているんじゃないかと思ってしまったようなんです。

 これはいかんなと思い、高校入試が終わってからは厳しさを半減以下に抑えてはいますが、初心貫徹としきれない心もあまり強い心とは言えないなと、自己反省が繰り返されている今日この頃です。

優しさをまずは育て、強さは後からがいい。

 「強さなんて、正直なところあまり必要じゃない。」これは、昔読んだ書物に書かれていた言葉の一つです。

 「強さなんて、正直なところあまり必要じゃない。むしろいざというときに頑迷さを発揮するような強さなら、そこらの犬でも持っている。あいつらは自分の家から離れようとしないんだから。どれだけ悔しくて悲しい思いをさせられたか。だから人間が同じような頑迷さを発揮するなら、俺はそいつを思いっきりぶん殴って気絶させてでも運ぶ。そうしなきゃ、明日になんねえから。」

 物語自体の題名を忘れてしまいましたが、ここ部分だけはやけにはっきりと覚えています。そうして彼は、実際に頑迷な人にであってしまい、言った通りのことをしようとするんですが、やりすぎて傷を負わせてしまいました。

 物語の話はおいといて。

 心について理屈をこねようとするとき、優しさというのはなかなか難解ですね。それを実践してお手本になるような方が、もっとピックアップされればいいんですが難しいのでしょうか。というところで第三夜を終わります。

 

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