この星に志が生まれた日

僕達の住むこの星は、今からおよそ46億年の昔に生まれたという。

銀河辺縁に重力の場が生じ、そこに主星となる太陽が生まれた。それもおよそ46億年の昔。

太陽が生まれながら、主星の一部になり切れなかった宇宙塵が集まり、水星、金星、地球、火星が生まれた。火星の外側では集まり切れなかった宇宙塵がアステロイドベルトを構成した。そしてその外側に今度は、より軽い組成のかたまりができていった。

木星、土星、天王星、海王星。
どれも見た目は巨大で、しかしその密度は薄い。木星と土星はガスでできた惑星で、天王星と海王星はそうしたガスなども凍り付いた惑星。

46億年の昔、こうして太陽と共に兄弟姉妹の惑星ができあがっていった。生命の満ちた銀河の辺縁に、燃え盛る太陽とその従僕が生まれたということだ。

悲しいことに我々人類は、生命の定義を動植物に絞っている。その定義に沿った言い方で言えば、未だ命の芽吹きすらない暗黒の時代だったと言えるのかもしれない。

それからほんの数億年の後、今からおよそ40億年の昔、原始生命はこの星の海で生まれた。

その後の20億年は、平穏とはほど遠い生命と生命の食い合い。おびただしい餓鬼の群れが地上に生まれた多種多様な生命を喰らい続ける。そんな時代が続いた。

やがて、海や大地に植物たちが進出していく。それはそうだ、食い合いをしていた連中と違い、彼らは光合成を得た。他者を襲い喰らうのではなく、自らの内で栄養を生成する術を得て、彼らはこの星を制することに成功する。

植物たちから吐き出された酸素は、やがてこの惑星に満ちていった。それは、喰らいあう連中からしたら猛毒となる。もともと大気中にあった酸素量が爆発的に増え、体のあちこちに異常が現れていった。過酸化酔い、過酸化中毒、過酸化炎、過酸化脱臼、過酸化骨折。そんなものがあるのかどうかなんてわからにけど、どうやらそれっぽいことがあったらしい。

そうしてまた、長くも短い束の間の時が過ぎる……。

そんな話をしながら、トラ猫のJOYはゆったりと毛づくろいをはじめてた。小さな顔で一生懸命に、自分の毛皮を舐めてなめしていく。

「なあ、JOY。まるで見てきたような言い方で話すけど……」

「見てきたよ。最初からそう言ってる」

炬燵に足を入れながら、僕の隣で座布団に座るJOYは、そう言って僕の目を見た。

「まったく……。他のどうでもいいような言葉ならホイホイと信じるお人よしの癖して。こうやって本当のことを話すボクの話は一切信用しようとしないんだから困るな」

そう言いながら、目つきが呆れたような表情に見える。

「そう言うけど、そもそも僕には猫が話すことだって信じられないんだ。なのにその猫に、地球誕生の話をされてもさ、信じられないよ」

「ふむ……。まあ、そう言われてみれば確かにそうかもだね」

そう言って伸びをして、それからJOYは、こんなことを言った。

「だったら論より証拠。百聞は一見にしかず。ちょいと見に行こうか」

小さな口から発せられたその言葉は、12月の隙間風が吹き込むこの部屋で侘しく聞こえる。

「……はいはい。いいよ、好きにして。そしたら何日くらいかけて出かける?荷物用意するからさ、それだけでも教えて……」

「まったくお話にならないね。君はこの国で生まれて、かの有名な猫型ロボットとまる眼鏡の少年の物語を知らないのかい?」

「……なにそれ?」

「時間旅行はそんな感じで準備していくものじゃない。思い立ったら吉日なのさ」

そうJOYが自慢気に言うと、僕らの周りの景色が色を変えていくのが見えた。白い壁が次第にうっすらと透けていき、天井の板があっという間に夕方の空に移り変わる。炬燵があった床や、その上のポテトチップなんかも透き通ってから消えていった。

「……JOY、いったい何をしたの?」

「だから言ったろ。論より証拠、百聞は一見にしかずって」

今や僕は壮大な草原の上に座り込んでいた。見回してみたら四方が遠く遥か先まで見渡せる。そうしてどういうわけか、ちゃっかりと座布団に座ったままのJOYが隣にいる。背中を丸めてぬくぬくと座布団の上に丸まりかけているところだった。

「この星に、志が生まれた日さ。辺りを見回してわかるだろう、実に穏やかで安らいだ時の狭間だよ」

僕には正直、JOYが何を言っているのかわからないでいる。見渡せどあたりは目に映る限り全部が草の生い茂る草原だ。

「彼らの志はひとえに、争いを無くすこと。そのために数億年の月日を費やしてきた。その間に数千億の仲間が倒れ、喰われ、踏みにじられ、それでも志を捨てないできた」

風の音が草の間を通り抜けていく。

「そうしてついに、その時が来た。大気に混じった酸素の含有量が、他の食い散らかすだけだった連中にとって猛毒となる一線を越えた日だ。おかげで大地からも、海洋からも、争いは絶えた。そうしてそれから更に数千年、その日に僕らはいる」

あっけにとられてJOYの言葉が耳に入ってこない。

僕はその場で立ち上がって、更に遠くを眺めようとした。するとその視界の先になにか動く者が見える。

「JOY、あっちの方に何か動くものが見えるんだけど……」

「そんなわけありっこないだろ。酸素に耐えられる動物が生まれるのはまだまだ先のことさ」

座布団に丸まった茶トラの猫は、それだけ言うと顔をうずめた。

「けど、やっぱり何か動いているよ。首の長い、なんだか恐竜みたいなやつだ。あいつはなんなんだ?いったい」

そう尋ねる僕の言葉にJOYは答えを返してこなかった。スヤスヤと気持ちよさげに腹の辺りの肉が上下している。

「なんだよいったい……。それに話の通りだとすると、ここは20億年くらい前の地球だろう?陸上生物なんてまだいなかったはずなのに、いったいなんだあれ?」

遥か遠くで、動く影。遠すぎて近視の僕にははっきりとは見えないが、なんとなくあまりよろしいものではない気がする。

肌に感じる大気の様子は、日本にいた頃の春先くらいの温かさだ。陽はもうすぐ地平線にかかりそうで、あと少しすれば逢魔が時と呼ばれる、周囲の輪郭があやふやな時間帯が訪れてしまう。

「なあ、JOY。できれば元の時間へ戻りたいんだけど……」

そう言って、JOYの方を向くと、JOYはこれでもかと言わんばかりの態勢で寝に入っていた。こうなると何をしても起きない。踏もうが叩こうか、何をしてもだ。

「この理不尽猫め。起きたら覚えてろよ……」

僕はそう毒づくので精いっぱいだった。

そう言えば……。

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