明日はきっといい日だろう

明日はきっといい日だろう

明日はきっといい日だろう

令和になって3日目。

気がつけば元号が変わっていた。なんてことだ……。

思い返してみても、昭和が終った日の記憶が定かではない。調べてみたら1989年の1月7日の事だったらしい。その頃、私は何をしていただろう?

年齢を遡ってみると、当時の私は20歳になったばかりだったようだ。

……まるで思いだせない。

高校を出て潜り込んだ、乃木坂にかつてあった映像専門学校は既に自主退学をしていただろうと思う。親元を離れて一人暮らしをするために、当時住んでいた調布を遠く離れ、富士山の麓まで出稼ぎに行ったのはこの頃だったろうか?

一月ごろの富士五湖周辺は雪で閉ざされていたような記憶がある。とはいえ、もっと前に冬場の山中湖まで泊りがけの旅行をしたことも混ざっているのかもしれない。あの日泊まったホステルは、今はまだあるんだろうか?

まあ、頑張った所で思い出せるのはこんなところだったみたいだ。つくづく、記憶力が弱いと思う。反省しつづけた半生だが、今生に治る見込みはほぼないだろうと思われる。根性入れてけー!っと、いつかどこかで聞いた誰かの声だけが虚しく記憶の中に鳴り響いていく。

……しょうもない。

年号が変わり、ついに昔は身近に時折いた、明治生まれの方々と立場が違わなくなってきてしまった。

令和になった今も、明治生まれの方々は元気で過ごされているのだろうか?

願わくば、そうした方々が笑顔で終生を終えられる時代になって欲しいと思う。また同じように、大正生まれの方々も、昭和生まれの方々も、平成生まれの方々も、日々を笑顔で送れるようにと願って止まない。

笑いあって生きれたら、それが一番の幸せだろう。

妬んだり、羨んだり、蔑んだり、自惚れたり、人であるからそうした感情を否定できないのも無理からくないものだとは思う。しかし、そうした感情を進んで肯定するよりは、ある程度まで自重して抑え込める時代の方がよい。

ましてや単なる享楽のために、他者を貶めるような思いや感情を冗長するような流れは、呆れるほどに愚かしいものだと思わざるをえない。

誰かがいるから、今がある。誰かがいたから、今に在る。その思いを失ってしまったら、そいつの人生はオワコンだな。

って、そんな言葉を教えてくれたのが今年新入社員になったばかりの平成生まれの子達からだったもので、ちょっとだけ頬が緩んで嬉しくなってしまった齢半世紀の備忘録みたいなもの。

投稿日: 2019年5月3日Editor J

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